散歩

2017/11/22

芸術の秋…

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大変混んでいると噂の運慶展。
そろそろすくかと様子を見ていたが残り一週間になっても観客が減る気配がないので重い腰を上げて出かけてみる。


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10時半頃の到着で30分待ち。
普段ならこれだけ人が並んでいたら、常設展を観て帰るパターンだが、前売りを持っていたので致し方ない…、運慶だし。


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仏像彫刻は白鳳、天平につきる。
写実とその奥に秘めた精神性は仏像彫刻の頂点といえる。

個人的好みでいうとそれ以外はあまり興味ないのだが、慶派は多少引かれるところがある。

運慶というかお父さんの康慶から始まる慶派は鎌倉時代を代表する一派で、奈良を拠点とする古き良き時代の天平彫刻の中で育った仏師集団。
東大寺や興福寺が南都焼き討ちで失った多くの天平彫刻をそのスピリットを活かした仏像の復興に尽力した。

貴族趣味的な仏像が主流となった平安時代から武家の社会へ変わる鎌倉時代に天平の写実主義を復活させ、数々の素晴らしい作品を残している。

鎌倉以降(運慶やその実子、湛慶・康弁・康勝など以降)はこれと言って観るべき作品が少ないのは仏教と政治、仏教と人の関係がだんだんと形式化していったからだろう。

そういう意味で飛鳥時代日本に入ってきた仏教によって国を治めようと考えた鎮護国家思想が形として現れた天平彫刻を復活させた慶派の果たした役割は大きい。

今回の展示では、円城寺の「大日如来」、康慶の瑞林寺「地蔵菩薩」、興福寺「無著菩薩」などはグッと引き込まれる迫力がある。 仏像ではないが康慶の頂相(開祖・高僧の像)康慶作「法相六祖坐像」や運慶作「重源上人坐像」は傑作揃い。

特に「重源上人坐像」は秘仏で、東大寺でさえ年に二日しか観ることが出来ない作品。 しかも360度ぐるりと観ることができる。 そのリアリティーは天平時代の作で肖像彫刻の傑作と名高い唐招提寺の鑑真和上に劣らないのではないか。 今回は重源上人がじっくり見られたことが一番の収穫。

また、おもしろかったのは「八大童子立像」。
小さい作品だが表情・動きが自然で今にも動きだしそうな雰囲気。
ライティングの関係だろう、玉眼が本物の目のようにつややかに光り、ともすると生きているのではないかと一瞬錯覚をおこしそうだ。

あとは、康弁作「天燈鬼・竜燈鬼」。あのウイットに富んだキャラクターの表現はいつもながら見てもニヤッとしてしまう。

と言うわけで、大変混んでいたものの3時間ほどかけてじっくりとたっぷりと楽しむことが出来た。 


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常設展もひとまわり。
仏像コーナーには京都・大将軍八神社の「男神坐像」が。
神像の出品は珍しい。 一木造というから、恐らく雷に打たれて折れた太い神木を使ったりして作ったものと推察するが、たたずまいや表情など、心に残る神像だ。


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ハートの埴輪。 本当にハート。今も昔も変わらない。

右の刀は「石田正宗」といわれる刀で、石田三成所有の刀だったらしい。
珍しいのはみねの部分に受け傷があること。 

刀と刀の斬り合いでは当然刃こぼれや受け傷が出来るに違いないが、なかなかそうした実戦を感じる作は観ることがない。

そういう意味ではちょっと珍しい刀だ。


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これまた前売りを持っていたので、1時間待ちで怖い絵展も観る。
運慶展は高齢の方が多かったのに比してこちらは若者がほとんど。

私は中野京子氏の「怖い絵」を数冊読んでいたので、あまり展示作品が何かも特に気にせず前売りを手に入れたのだが、正直ここまで混むとは思わなかった(個人の感想)。

それほどキャッチーな絵がある様にも思われないしね(個人の感想)。

どうせならボッシュとかブリューゲルとかルドンとかゴヤとかベックリンとか観たかったんだけど(個人の感想)。

ただ、絵の背景(その絵の由来)を理解しながら絵画を観るという「絵画の鑑賞法」を学ぶ展覧会と考えれば意味はあるだろう。

特に宗教画などは(これは仏像も同じ話だが)絵の善し悪し以前に聖書なら聖書のどういった場面が描かれているかを知っているか知らないかによって見えてくるものが違ってくるから。 革命や事件・事故を題材にした絵画も同様。 

そういえば本の「怖い絵」はそういう本ですものね。

怖い絵の中で紹介された見たい絵がなかったからといって文句を言ってはいけませんね…。




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2017/10/31

第58回 東京名物・神田古本まつり

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今年もこの季節がやってきた。
価格的には普段行っている高円寺の西部古書会館の売り出しの方が安い場合が多い。

しかし、圧倒的な本の量と古書の町神保町の雰囲気にひたることが出来るこの古書展は毎年楽しみにしているイベントだ。

先週の金曜日からの開催だが、残念ながら雨模様だったため、週初めではあるものの多少の混雑を覚悟して。しかし時間も早めだったためか人出もさほど多くなくゆっくりと歩道に並んだワゴンを観ることが出来た。

どこの古書展でも年をとった男性が多いのだが、今日はわりと若い女性やカップルが多くいた。 そういえばくる時に乗っていた電車でも本を読む若い人が多いようにおもえた。 すこしスマホから読書に戻ってきているのかな?

また、休校日だったのか中学生くらいの女の子がお母さんと一緒に本を探す姿に何度か出くわした。 こどもと一緒にこうした古書展巡りというのはほほえましい。


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帰りは神保町方面からお茶の水方面へジグザグに登っていくと、いつもは遠くに見えるニコライ堂の入口あたりに出た。
なかなか趣のある建物。中には入れるのかな?
今度調べて入れるものならば是非見学してみたい。

上野にまわって運慶展を観るか観まいか迷ったが、雨の週末開けで混んでいそうな気がしたので、このまま帰宅。

第58回 東京名物・神田古本まつり

[日 時]  10月27日(金)~11月5日(日) 10:00~19:00(最終日~18:00 雨天中止)


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2017/05/17

下町へ 谷中→上野 森鴎外美術館や東京都美術館

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下町方面へでかける。
第一の目的は森鴎外美術館。
<鴎外の「庭」に咲く草花>展。
団子坂上にあった住居「観潮楼」に咲く季節の草花を記録した鴎外の日記をもとに植物学者牧野富太郎のスケッチで振り返るという趣向の展示。


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小さい頃、牧野富太郎植物記に描いてある植物の絵がすきで(文章はほとんど読まずに!!)よくページをめくっていた。
植物学者の描く絵だから当たり前だが茎からでる葉の付き方やらしべの表現や葉脈のとらえ方など子供ながらにいつも感心して見ていたのを思い出す。

で、富太郎の原画が見られる!!と喜び勇んで出かけたわけだが、何と展示時期の境目でほとんどが複製画。

ホームページにある展示品目録のPDFを確認すれば良かったのだが、複製しかない時期がある旨をもう少しわかりやすく告知して欲しかったなぁ。

が複製とはいえ、図鑑とは違い下絵や線の抑揚が見られたし、なにより鴎外の超人的な才能は十分垣間見ることができたのでよしとするか。

特に、鴎外が受講していた大学の植物学のノートは必見。字もうまけりゃ絵もうまい。 


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途中、お弁当を買って公園で食した後、歩いて上野方面へ。

東京藝大の前を通るとバベル展の立て看板がある。
「あれ?都美館じゃなかったっけ」。
「入場無料?」 とにかく行ってみる。

するとバベルの塔展の連動展示でバベルの塔の立体が飾られていた。

表半分は実際に立体模型として作られており、裏は部屋を暗くしてプロジェクターマッピングでバベルの塔が映され昼夜や働く人などを動かしていた。

今回の展覧会では複製画を含め色々なところで東京藝大がかかわっていたようで、小さな絵一枚を多角的に表現して楽しませることを積極的に行っていたのが印象的。


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模型、良く出来ています。 東京都美術館からは少し離れていますが、バベルの塔展を観に行かれる方は観に行くことをオススメします。


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さて、バベルの塔展。
ブリューゲル(父)の表題作品一枚でも鑑賞券分の価値は十分あるし、それにヒエロニムス・ボッシュの油絵2点が加わっているのだから十二分と言えば十二分。

だからこそこれらの作品前は大変な人だかりで絵の近くに行こうとすると大変な労力を必要とする展示会になっている。

一方他の作品はさほど並ばなくともそれほど無理なく鑑賞できる。その理由は、ほとんどが宗教画だからではないだろうか?

絵の善し悪しは別にしてこの宗教画というのはちょっとくせ者で、聖書の世界を知っているか知らないかで楽しみ方が大きく変わってくる。 

するともう少しお目当ての絵にだけ人が群がる現象も少しは抑えられるのではないか。

いわば宗教画というのは原作があってそれが映画化されたものと考えると分かりやすい。

ロードショーをいきなり観るのもいいが、前もって原作を読んでから映画を観ると、原作のディティール…あの場面はどう表現されているかな?という見方が出来ると楽しさが倍増するわけだ。

たとえば 32「ソドムとゴモラの滅亡がある風景」。画面右下方向で天使に導かれて逃げるロトと娘の後ろで何やら固まりのようなものが描かれているがこれは「絶対に後ろを振り返っちゃ行けないよ」と言われたのに振り返ったお母さんが塩の柱にされてしまっている様子で、このテーマではお約束になっている要素。

ソドムとゴモラと言ったら天使、ロト、娘たち、塩の柱になったお母さん、遠くで燃えている街というのがどう描かれているかな?と探すのが聖書の絵画の一歩踏み込んだ楽しみ方。

で、33「ロトと娘たち」という絵が連番で飾られているのだが、これは街が滅亡し逃げたロトと娘たちが住むところに娘の婿になってくれる人が居らず、それを悲観した娘たちがお父さんであるロトを酔わせて…」というやや妖しい話の場面。

需要と供給の問題でもあるが、禁欲的な宗教画の世界でいかに裸体を描けるテーマを見つけるかというのも画家の性。

知っていると「ロトと娘たち」の見え方もちょっと違ってくる。

とはいえ、聖書を全部通読して理解などは無理。
宗教を簡単にまとまっている本や宗教画の読み解き本などを何冊か読むだけでも良いと思う。(実際私自身がそんな感じ)

ちなみに以前改装本で紹介した「阿刀田高の宗教3部作」「旧約聖書を知っていますか」「新約聖書を知っていますか」「イスラム教を知っていますか」は楽しく読めるめるし、面白い場面はかなりピックアップされているので私のような宗教音痴には取っつきやすい。



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話は前後するが、藝大のバベルの塔展会場の脇に法隆寺金堂 釈迦三尊像のレプリカが飾ってある!!
カメラに撮影、3Dプリンターで再現した原型からブロンズで鋳造と現在考えられる最高の方法で再現されたもの。
金堂ではかなり暗くディティールが見えづらい環境の釈迦三尊が目の前にある感動。

側面を目で見るチャンスはほぼないので写真でパチリ。

この頃の仏像づくりは正面観照性といって、正面から見られることのみを目的として作られているのでレリーフとまで言わないが奥行きはほぼ無視されていると言う特長がある。 それを直に確認出来るチャンス。

ただ、釈迦如来の両側にいる脇侍、右が金色表現になっているが、実際は左側の脇侍が金色になっている。

うろ覚えだが、土門拳が多分あれは磨いているうちに光りすぎてしまって途中でやめたものに違いない、と言うようなことを書いていたような気がする。

わざと逆にしているのだとは思うが、なぜだろう?

 

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2017/04/05

花ざかり 上野にて    2017/0404

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上野の動物園に出かけた。 
桜も満開。とても綺麗だが、周りを見回すと濁りのない植物の色がたくさん。 これから様々な活動が始まる予感が目に飛び込んでくる。


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東京藝大の食堂で腹ごしらえをして、藝大脇から動物園へ向かう。 途中、柵ごしにみえる園内は大変な人混み。正面ゲートでは券売機に長蛇の列。 
天気もいいし、まだ学校も春休みのところもあるからあたりまえか…。
簡単にあきらめてトーハクへ目的地変更。


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本館周りには結構人がおおいようだったので、まずは法隆寺宝物館へ。
いつもよりは人が入っているが気が散るほどではない。
いつ見ても一回の金銅仏群の迫力…と言って良いのか存在感には圧倒されてしまう。
この部屋に入ると1300年以上前の世界とつながっているのではないかと思えてくる。 

久しぶりに伎楽面の部屋が開かれていた。
これもまた大迫力だ。 
最近老眼で現場の暗い部屋では色が見えにくくどれも色彩がはげて茶色に見えたのだが、高感度で撮った写真には色がかなりはっきり残っているのが分かる。

写真のくちばしのついた伎楽面は迦楼羅(かるら)だが、緑青だろうか冴えた緑色がはっきりと残っている。今度観る機会があったらもう少しよく見てみよう。


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本館の仏像は昨年から少し入れ替わっていた。
上二つは平安時代の不動明王(左)帝釈天(右)。
鎌倉になると仏像は寄せ木で作られるようになるが平安以前の木造仏は一本の木から彫りだす一木造りがおおい。 平安仏は量感があり独特の存在感を放っている。 

下は善光寺式釈迦三尊像(左)と毘沙門天(たぶん)に踏みつけられる邪鬼(右)。

ともに鎌倉期の作。
仏像も鎌倉時代になると表情のつきかたが極端になる。超人的というか威圧的というか、極端にキャラクターが記号化され、個人的には親しみが感じられない作がおおい。 が、三尊像の方はもともと中国南北朝時代ごろ作られたと言われる善光寺の本尊の模作なので、いわゆる大袈裟な技巧に走った鎌倉期の雰囲気はないく好ましい。 また、いわゆる四天王に踏みつけられる邪鬼というのはお約束の存在だが、異形の存在の表現として与えられた表情は逆に記号化された鎌倉期の表現がよく似合うように思う。

ほかにも色々観たかったのだが、所用があって本日はここまで。


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帰りは不忍口まで歩く。
花見客が世界各国から集まってごった返していた。
あまりに混雑していたのですっと横にそれて帰宅。

 

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2017/01/29

連綿ということ

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招待券が手に入ったので上野毛の五島美術館へゆく。


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歳をとって自分自身が枯れてきたこともあるのか、書や茶器といったものにも何となく興味がわいてきたものの、実際のところ全く何も分かっちゃいないので、細かなことには触れない。


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ただ、わかることはこれらの価値は歴史上の人物の手を経て様々な道のりをたどって今ここにあるということ。  

一番直接的にそれを感じるのは「消息(手紙)」。
豊臣秀吉がちゃちゃ宛てに書いた手紙が目の前にある。 
末尾に「ちゃゝへ  てんか」と書いてあるのをみるだけで、大河ドラマや小説で読む秀吉や有名な肖像画など「たぶんこうだったのだろう」という想像の世界の秀吉ではなく、リアルな秀吉を感じることができる。

茶器も同じだ。舶来品などは当地のごく庶民的な雑器に美を見いだした茶人たちの価値観が現在に伝わるもの。 一つの茶碗を前にしてたとえば利休がこの茶碗を見つめ茶をのみ大切にしていたものが連綿と受け継がれることによってその価値は築かれていく。 

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何百年も時として何千年続いてきたものが確かにある。そうした思いで目でみると知識はなくても自分なりの好みや趣味で楽しく鑑賞できるのである。


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帰りに二子玉川のデパートに寄る。
屋上から沈み行く太陽で輪郭を浮かびあげた富士山が見えた。
この景色も連綿と続く私たちの大切な価値だろう。


 

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2016/12/16

クラーナハ展  上野国立西洋美術館

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もともと西洋絵画にはそれほど興味はなかったうえ、年をとって白鳳・天平期の仏像に興味をもつようになり、ますます西洋美術からは遠ざかってしまった。

が、その名を聞くとどうしても観たくなってしまう作家がある。特に系統立ったわけではないのだが、たとえばピーテル・ブリューゲル、ウィリアム・ブレイク、フランシスコ・デ・ゴヤ、ヒエロニムス・ボスなど、若干妖しい雰囲気の漂う画家たち。

これらの画家の共通したところは心の闇が画面に現れていることだ。そして極端な技巧派ではないが決して極端に下手ではないというところ。若干のデッサンの狂いだとか空間のズレだとか立体感の歪みなどが作品を観たあとに強い余韻を残す。

そうした「観てみたい妖しい作家」の一人がクラナーハだ。

クラナーハを知ったのは随分前に読んだ澁澤達彦の「幻想の肖像」にあったユディット。 ユディットの話はこちらを読んでいただきたいが、要するにユディットという女性が敵将の陣地に単身乗り込み酔わせてその首を切るという旧約聖書外典にあるユディット記の話。

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ビジュアル的に劇的なためボッティチェッリやカラヴァッジオやクリムトも描く有名なテーマだ。

だが数あるユディットの絵の中でもクラナーハの絵に引かれるのはユディットの表情。

片手に首を切り落とすのに使った剣、片手に切り落とした敵将ホロフェルネスの首をその髪をからませつかんでいるといったいわばちょっとした極限状態でみせるまったく感情のみえない表情。

この表情が示唆するものは神への絶対的信頼なのか、それともクラナーハが考える女性の本質なのか? 観るほどに絵に吸い込まれるていく。

このユディット、来日前に大幅な修復がなされたようで、古色が消え製作当時の色彩が蘇った状態なっている。 肌の色彩の素晴らしいこと素晴らしいこと。 3度ほど戻って観返してしまった。


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もちろん、作品はユディットの他有名なマルティン・ルターの肖像などかなりの点数が展示されている。 しっかり見ると2時間以上はかかる大変充実した展覧会だった。

今回展覧会を観るに当たって久しぶりに澁澤達彦の「幻想の肖像」を読んでみたが、数十年前感じたと同じくあと味の残る作家が紹介されていてとても面白かった。


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2016/11/01

第57回 東京名物 神田古本まつり

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第57回東京名物 神田古本まつりに出かける。


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いつもお茶の水から神保町方面へ歩いて下りていくのだが、大学の町とあってM大学とかN大学の建物の威圧感が凄い。とにかく立派。


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コインパーキングにはグーグルマップ・ストリートビューの撮影車と思われる車発見。 以前みた撮影車はトヨタのハイブリッドカーで、屋根上にカメラがついた棒が立っていたが、今回のスバル車ではカメラらしきものはなし。 ルーフレールに取り付けるのだろうか(上図)。

ストリートビューを見ていると「こんな所も入っていくのか」と思う場面があるが、多分過酷な運転をしているんでしょうね、傷だらけ。


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平日の午後だが、客は多い。やはり年配の男性客がその多くを占めるが、たまに学生風の男女が熱心に本を探しているのを見ると少し安心する。

少し前のニュースに月に一冊も本を読まないひとが50%ちかくいるという話がでたが、このまま紙媒体は電子媒体に置き換わってしまうのだろうか?


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露店をひとまわりした後、靖国通りから一本南に入ったさくら通りにある「山形屋紙店」で和紙を購入し、また靖国通りに戻って美術書専門店「源喜堂書店」をひやかし帰宅。


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収穫。
謎に包まれた絵師「宗達」本。 

今年はクマ被害が目立った年だが、これはクマが賢く残忍か、大正4年に北海道で起こった日本の獣害史上最大の惨事のノンフィクション「羆嵐」。

太平洋戦争で古都京都を爆撃から救ったという真偽不明の都市伝説をもつ美術史家ウォーナーの日本彫刻史。

何と言っても今回の掘り出し物は久野健「仏像集成 日本の仏像(京都)」。 全8冊のうちの一冊だが、とにかく見かけることが少ない。かなりリーズナブルで大満足。

 

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2016/10/24

吉祥寺古書展事情

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最近個人経営の小さな店舗がどんどん減っている。
オモチャ屋、文具店、金物屋、せともの屋など。
昔は小さな商店街でもこれらの店は大体揃っていたような気がする。
大型ショッピングモールやネットショップなどの影響か店主が年をとるとそれを継ぐ人が居らずそのまま廃業…というのが実に多い。

本屋や古本屋も例外ではない。

15年ほど前、私が住んでいる阿佐谷〜鷺ノ宮〜練馬近辺には随分本・古本の店があった。 しかし今ではどちらも驚くほど減ってしまった。

夕方ふらっと散歩に出て古本屋へ立ち寄る…というのがちょっとした楽しみだったが実に残念なことだ。

その様な中にあって私の家から自転車圏内で古書店巡りを楽しめる町が高円寺・荻窪・吉祥寺だ。 

高円寺は業者が本のやりとりをする西部古書会館があり、週末はそこで古書展が頻繁に開かれている。 

荻窪も南口にささま書店を筆頭に数件古書店があり、北口には大型のブックオフもある。

吉祥寺もバリエーション豊かな古書店が散らばる魅力的な場所だ。


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吉祥寺といえばまずはここ「よみた屋」。
まず店頭の特価本に(個人的に)面白いし珍しい本がサラッと置いてあったりする。
比較的良心的な値付けがされていることが多い。 自動ドアに入ってすぐの50円文庫本も見逃せない。


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吉祥寺駅南口をでてすぐの所にある「古書センター」(左写真)。ジャンルは広範囲だが、店舗がそれほど広くない。 また、とおりに面しているものの入口が少し奥まっているため少々場所が分かりづらい。
同じ通り沿いの反対側に「バサラブックス」があるが残念ながらお盆休。

北口のアーケード内には「外口書店」(中写真)昔ながら、商店街の古本屋さん。

北口アーケードを北上、五日市街道沿いにある「藤井書店」(右写真)。
小さい書店だが、二階に上る階段わきにも本を陳列。 以前は二階も書架があったが、立ち入り禁止になっていた。岩波写真文庫の在庫が結構あったのでここに入れなくなったのは残念。


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東急デパート脇の道を西方向にちょっと入ったところの二階にある「百年」。美術書系が充実、比較的コンディションが良い本が多い。


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アーケードとヨドバシカメラのある大通りの間にある「ブックオフ」。普通のブックオフだが、裏の入口、店舗内に自転車の駐輪場があるのが珍しい(下写真)。

吉祥寺は色々な店があって楽しいのだが自転車を気軽に店の脇に置くことが出来ないのでこれは嬉しいサービスだ。


 

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2016/09/29

トーハクから  9/27/2016

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滋賀県甲賀市の櫟野寺からへ平安時代の仏像20体の出開帳があるというので、東京国立博物館へ出かける。

目玉は像高3メートルをこす秘仏の十一面観音坐像。座している蓮座部分を含めると5メートル近い。 他にも薬師如来坐像、甲賀式菩薩像など見応えがある。 

どれもとても良い仏様だが、個人的には平安後期の作のため和様というこあ貴族趣味的雰囲気が強い。趣味で言うとやはり飛鳥から奈良時代、渡来してきた仏教が日本に溶け込んでいく過程の変化期の仏像が好みではある。 


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そんな気持ちで法隆寺宝物館に向かうと、いつもながらの静謐な空間が広がり、飛鳥仏がむかえてくれる(上図)。

飛鳥時代の如来坐像二体(下図)。
この得も言われぬ表情。平安後期の仏をやや記号化した仏像に比べ語りかけたくなるようなおおらかな姿が心をやすらぐ。 

特に左、台座に広がるスカートのような裳懸座(もかけざ)の形は同じ飛鳥時代、法隆寺金堂の鞍作止利作「釈迦三尊像」と同じスタイルだが、法隆寺のものに比べ表情が柔らかく親しみやすい金銅仏だ。


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こちらも飛鳥時代の塼仏。押出仏とも呼ばれるが浮き彫りの型に金属板をあて、鎚でたたいて形を出していく。量産型レリーフ仏だ(写真)。

光背が型抜きされた塼仏(左)と四角く輪郭を整えられた塼仏(右)があり、似ているようにも思えるのだが、若干ディティールが違うような…。

と思って家に帰り写真をリサイズして重ね合わせると全く同じ型から打ち出したもののようだ。

これは打つ人の力量による差なのか、打った時期の違いで元の型が荒れてしまった結果なのかは不明だが、このあたりの微妙な違いを見るのも楽しいものだ。


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本館の常設展の特集展示では藤原行成の書が出品されていた。
小野道風、藤原佐理とともに書道の大御所、三跡の一人。

よく、伝藤原行成などと<伝>付けで紹介される書は見かけるが、あれは「そう言われてきた」「そういうことにしたい」という意味で真跡というわけではない。

しかし、今回出品されている 国宝「白氏詩巻(はくししかん)」は子孫の藤原定信が行成の書であると鑑定した正真正銘の真跡。

書の善し悪しを語ることはできないが、1000年前の書聖と言われる手がいまの目の前にあることにちょっとした驚きを感じる。またそれを残すことができた和紙と墨のすばらしさに感動を覚える。 10月2日まで


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「書画の展開ー安土桃山〜江戸」の展示では、江戸琳派の酒井抱一の代表作「夏秋草図屏風」も出品。この作品一つでも人が呼べそうな一双。

琳派は本阿弥光悦と俵屋宗達を始祖とする流派。 高い装飾性とデザイン性で現代でも人気のスタイルを持つ。 

琳派の名のとおり、いまでは尾形光琳・乾山兄弟に脚光があたることがおおいが、光悦・宗達コンビの自由奔放でありながら様々な手法や表現を高いレベルで作り上げていった作品なくしてはあり得なかっただろう。 

そういういみでは光琳・乾山も光悦・宗達に比べるとやや型にはまった感がある。さらに時代が下り酒井抱一になると巧いがまじめすぎておもしろみに欠けるイメージがりそれほど興味は持てなかったのだが、今回目と鼻の先まで近づいて見ることで彼の良さが実感できた。

確かに光悦や宗達の奔放さはなくひたすらまじめな作だが夏秋草の一本一本を描く線が放つ緊張感、鈍びた銀箔と岩絵の具の色の調和が素晴らしい。琳派でひとくくりにしなければこれはこれで本当に素晴らしい作だ。

こうした緊張感は複写された写真や図版ではわからない。

食わず嫌いはいけませんな。 10月30日まで


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あまり行かない東洋館。中国のお墓の副葬品群が面白い。

こちらは唐時代「加彩女子像」。 これがミニスカートだったらほとんどプリキュアのよう。 西暦600年代のファッションは髪型を含めかなり現代的アニメ風。


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後漢・唐時代の動物たちの焼き物。
表情が素晴らしい。造形が素晴らしい。色が素晴らしい。
全く国立博物館は今日も明日も宝の山。

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帰りに不忍池経由で駅へむかう。すでに夕暮れ時。
不忍池は大きな蓮の葉が水面を覆う。 葉の間から除く蓮の実が面白い。


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2016/09/23

クエイ兄弟ーファントム・ミュージアム 

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8月28日の日曜美術館で紹介されていた「クエイ兄弟ーファントム・ミュージアム」が面白そうだったので9月19日の敬老の日に「神奈川県立近代美術館葉山」に出かけた。

クエイ兄弟はミニチュアを使ったストップモーション・アニメーション(コマ撮りアニメーション)で人気の映像作家。アンティークなビスクドールを思わせる人形などと精緻に手づくりされたセットで紡ぎ出す独特の感覚の映像は言語を越え、感情に直接訴えかけてくるものだ。

展示ではアニメーションのダイジェスト上映、これらのアニメーションで使われたミニチュアセットや映像のスナップ写真など。特にクエイ兄弟初期のドローイングが秀逸。 鉛筆ベースで描かれた白黒の精緻な表現が素晴らしい。

クエイ兄弟は一卵性双生児だそうで、作品ごとにクエイ(兄)・クエイ(弟)の区別がなく作品自体がブラザーズ・クエイとして扱われているのがおもしろい。だが、なんとなく兄弟の表現の違いが感じられた。


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展示の中で会期はじめにクエイ兄弟が美術館で公開制作した作品のみ撮影可だったので、パチリ。

クエイ兄弟は1947年生まれだそうだが、作品はシュルレアリスムやキュビズム・ロシアアバンギャルドといった彼らより半世紀前の雰囲気がただよう。好き嫌いがはっきり分かれそうだが、個人的には大変面白かった。


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美術館下には葉山の海が広がる。とても綺麗な砂浜。


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砂浜を少し歩くと小さな貝がらがたくさんとれる磯がある。
次女は顔を地面に近づけて貝拾い。

ここら辺は泥岩の石が多く、石の中では柔らかいものが多く、凹みに小石がはまり、これが波でコロコロ動くうちに穴があいていく。

じっと見ていると様々な顔に見えてくる。

たまに怖い顔が見えてしまい、ゾワッと来る。


 

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