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2019/11/07

仙人に会いに行く  弾丸京都・奈良  その1 京都

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先週、急に思い立って夜行バスに乗り京都へ出かけた。

たった一日の行動時間を最も長く、有効に利用できるのはやはり夜行バスに限る。
前日の午後11時45分に池袋を出発。 翌朝5時25分に京都駅八条口到着。

夜明け前でまだ薄暗い。

目的地への時間午前9時30分にはまだ早い。

 

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せっかくなので、南方向へとテクテク歩いて伏見稲荷大社へと向かう。
京都の町は我が町と違い縦と横の道が直交し大変わかりやすいため、迷うことなく目的地へつくことができた。

6時過ぎに到着。もちろん社務所や店などは開いてはいないが、ぽつりぽつりと観光客が参拝している。
有名な写真スポットでは特に外国の方が丹念に構図を決めながら写真を撮っていた。

良く分からないまま鳥居をくぐって進むと何やら登山の様相を呈してきて、すっかり朝からハードな準備運動となった。

30ー40分ほど稲荷山をめぐり下山したのち、鴨川沿いを北上し、七条大橋を目指す。

 

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8時過ぎ過ぎに今回の目的地京都国立博物館に到着。
9時半開館のためもくろみ通り一番乗り。しかし、20分ほどすると段々に人々が集まってきて、開館30分前にはかなりの列になっていた。

「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」展。

京都で開かれているのは知っていたもののさすが遠いなあ…などと思っていたのだが、NHKの「歴史秘話ヒストリア」を観ているうちにやっぱり行かずにはおれなかったという次第。

佐竹本については細かい解説はこちらを読んで頂きたい。

簡単にいうと二巻の絵巻物として伝世した最古にして至高の三十六歌仙絵。

これが大正時代に売り出されたものの、あまりに高価であったため巻物として購入できるものがおらず、やむを得ず三十七に分割し、分売された経歴の歌仙絵だ。

各所博物館蔵になったものは単品で展示されることもあるが、当時購入した人から別の人へと渡り、個人蔵のものなどは所有者も明かされず、なかなか目にいれることができない作品もおおい。

今回の展示のように30点ちかい作品が一堂にに集まることはおそらくこの先数十年ないのではないか。

今までも何点かは単体で観たことがあるのだが、歌仙絵の線の美しさ表情表現の巧みさは他の歌仙絵の追従を許さない感動的な作品と記憶していた。

今回はそれを何と30点近く観ることができるわけだ。 

 

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鑑賞券を購入し、荷物をロッカーに預け、真っ先に佐竹本のコーナーへと向かう。

朝一効果でほとんど鑑賞者がいないなか単眼鏡片手に裸眼・単眼鏡で作品を一通り鑑賞していく。
息を呑む繊細さ、線に全く迷いが感じられない。 

表情、仕草ほぼ人物画なのだが、その向こうにある世界が目に浮かぶようだ。 3センチほどの顔に込められた情報量の豊富さは驚異的と言える。

デザイン的にも大胆で素晴らしい。
わかりやすいところで言えば上図にある小野小町。

「色見えで移ろふものは世の中の心の花にぞありける」

ざっくり意訳すると、「心変わりされてしまった悲しみ」を歌ったもののようだが、
悲しさを表情ではなく後ろ姿で描くあたりが心憎い。
美しい十二単と乱れた髪の対比が悲しさをうまく表しているよう。

これに限らず、人物の表情、配置などで歌を印象づける手腕は驚くべきものだ。

他にも歌仙図はいくつか展示してあったが、佐竹本の質は確かに他を全く凌駕した唯一無二の存在だった。

本当に観に来て良かった。

 

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もう一つ、今回は特別展示とのことで常設の作品は観られないと思っていたのだが、京都国立博物館に来たら是非観たいと思っていた仏像が展示してありビックリ。

「宝誌和尚立像」

宝誌和尚についてはここを読んで頂きたいが、この像は、宇治拾遺集の「宝誌和尚影の事」の物語中、帝が宝誌和尚の肖像を描いてこいと三人の画家に命じ、画家たちが宝誌のもとにでむいて彼の顔を描こうとしたら「わたしの本当の顔はここにある」といって爪を立て顔を引き裂くと中から金色の菩薩が現れた…。という場面を彫ったものだ。

ともするとグロテスクな表現ではあるが、表のお顔も中のお顔も実にすましてやさしげに見えるところが心憎い。
ふと有名な六波羅蜜寺の空也上人像の「南無阿弥陀仏」を表す仏が6体口から出てくる表現が頭に浮かんだ。
昔の人は何ともイメージ力の豊かなひとたちのあつまりだったようである。

 

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充実の二時間強。

京都国立博物館をあとにした。

 

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その後七条通りを西に進み、東本願寺を参拝。
寺域のの周囲には私の心を見透かしたような言葉が…。

「どんなにたくさんのものが手に入っても満足しない私」

一体どうしたら良いのでしょうか?

そんな私は

「自分に欠けているものを嘆くのではなく、自分の手元にあるもので大いに楽しむものこそ賢者である」
(古代ギリシア哲学者・エピクテトス)

こんな人になれるよう努力しようと思った次第。

12時半過ぎ、奈良へ向けて近鉄電車に飛び乗る。


つづく。

 

 

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