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2019/11/27

東京国立博物館 

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最終日直前の土曜日にトーハクへ正倉院の世界展を観に行く。

大変な混雑と聞いていたので、それなりに覚悟して行くも、一方で雨交じりの天気だから大丈夫かもとの期待も。

土曜は夜九時までの開館なので、午後四時近くに到着。 券売機付近に行列が見えぎょっとするが、待ち時間30分ほどとのこと。ひどいときには7ー80分待ちもあったようなので、我慢の範囲内。

それなりに並んではいるものの意外に回転はいいようで、20分ほどで開場に入ることができた。

 

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正倉院展は毎年奈良で開催されているが、東京での開催は令和天皇即位記念の特別展示。

目玉は世界にひとつしかないといわれる螺鈿紫檀五絃琵琶だが、残念ながら後期展示ではレプリカのみの出展。が、代わりに4弦の紫檀木画槽琵琶 が出展。(写真は螺鈿紫檀五絃琵琶、螺鈿紫檀阮咸のレプリカ)


写真でも見たことのない初見の琵琶。 派手さはないが、細工は螺鈿紫檀五絃琵琶に劣らず緻密で精巧、宝物の名にふさわしい出来で感動した。

また、布地類の出品も多く、臈纈染めや夾纈染めによる素朴な雰囲気の図柄は奈良時代のおおらかさが感じられた。

正倉院展といいつつ実は法隆寺献納宝物など東京国立博物館で見られる作品も多い。

全体的には作品はそれほど多くない印象。 混んではいるものの二重三重に人が囲んでいるというわけでもないので、しばらく待てば観たい作品の前に立てるので、それほどストレスは感じなかった。 

が、先日購入した単眼鏡が威力を発揮した。

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二時間半ほどかけて正倉院展を見終わった後、東洋館で開催中の「人・神・自然」展を観る。

常設展の一環としての特別展示。  カタールの王族アール・サーニ氏の個人コレクションとのこと。

人間が自分たちをどのように見てきたか。 現代の様に科学万能出ない時代、自分たちが経験する様々なこと…人が生まれること死ぬこと、死んだらどうなるのかということ、災害や思わぬ恵みは何を意味するのか。

理解出来ない事象や現象を神に結びつけ畏敬の念を持ってかかわってきた人々の想像力が作り出した素晴らしい作品群。

現代ではあらゆる事象や現象は科学的に証明されたり理由づけされるため、神を感じる頻度は過去に比べ各段に低くなっているが、大きな災害があるたびに「自然にはかなわない」と改めて気づかされる。 人間がすべてを認識しコントロールすることなど絶対に出来ない。  神を信じろとは言わないが、少なくともおごれる人間はもう少し「人間の及ばない何ものか」にたいしてもっと真摯であるべきだと、ふと考えさせられる展示だった。

四段だが、金の存在感とはすごいものだ。 他のどのような素材も劣化したり退色したり経年の変化は免れないが、金だけはその輝きを数千年変わることなく保ちつづける。 確かにこの金属に魅せられ、資産としての価値を持ち続けるというのも実感できる。 

 

 

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2019/11/16

仙人に会いに行く  弾丸京都・奈良  その2.5 夜ノ寧楽

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帰りのバスは奈良駅午後10時45分発ということで、夜の東大寺散策を企てた。

和辻哲郎の古寺巡禮の21章「〜月夜の東大寺南大門――当初の東大寺伽藍――月明の三月堂――N君の話」にあるような昼とはちがう夜の幽玄な雰囲気を体感したいという思いが以前からあったからだ。

まだ午後八時過ぎだというのに人はほとんどいない。 街路灯はあるものの道の奥は暗く、闇に引き込まれる錯覚に陥る。

時折聞こえる鹿のキーンという鳴き声が響く。

南大門に近づく。

月明かりがないため、常夜灯が届くところまでしか門の姿は見えず、あとは闇に溶けるようだ。

もちろん仁王像もおぼろげながらにしか見えない。

が、その大きさ、偉容はむしろ昼よりも強く感られる。

 

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門をくぐり正面の大仏殿を観るも全くの漆黒の世界。

しかたがないので、少し手前の二月堂の塚から坂道を上り、和辻絶賛の三月堂へ向かう。
写真ではフラッシュを適度に焚きながら撮影しているため建物がかなりはっきり見えるが実際はかなり暗い。
ぽつりぽつりと投光器のようなものがあるのだが、反射する壁がないため、光だけがはっきり見えるといった状態。

ここで不思議なことが起こった。

しばらく、坂を登ると投光器が三つ左手に光っている場所に来た。

こんな暗い場所に来ているのだと、家人に携帯電話の写メを送ろうとその光を撮ろうとしたとき…。

携帯電話のモニターに今撮ろうとしている光が映しだされている。

が、それとは別にちいさな光がふわふわと画面上を動いているではないか。

目をモニターから実際の風景に移してもその動く光はない。

もう一度モニターをみると光はいまだ動いている。

シャッターを切ると、その光は写真に確実に写っているのだ。

私の携帯ストラップは金属パーツがついているのでそこに光が乱反射しているのではないかと、ストラップをしっかり持って撮影し直しても同じ結果…。

目には見えないが携帯電話のカメラを通すと見える光。

本物の仙人に出会っていたのかもしれない。

怖いとかそういう感じはしないが、何となく「この先には来るな」と言われている気がしたので、携帯で撮った二枚の写真はそこで削除して東大寺をあとにした。

 

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道に鹿が飛び出した衝突事故が起こると聞くが、帰り道何度か遠くで急ブレーキをかける音がした。

自分が観ている前でも突然道路に飛び出す鹿がいた。 

まさか右左を確認するわけもないので、自動車は鹿が出るものだとおもって慎重に走るしかないだろう。

 

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まだ人気を感じる興福寺は建物のライティングがなされ、人工的ではあるが、夜らしい美しい姿を見せてくれた。

バスの集合時間30分前に奈良駅へ向かい充実した仙人に出会う旅を終えた。

追記
家に戻ってはじめて沖縄首里城火災のニュースを知った。

戦争中も木と紙と土でできた国・日本は焼夷弾によって大きな被害を受けた。
千数百年人から人へ伝世してきた国の宝もそのほとんどは木と紙と土でできている。
天災や人災、戦火によってこれまでに数多の宝が失われたことだろう。

現代の知恵をただ今生きている我々に向けるだけでなく、残された国の宝をしっかりと守り、未来につなげていくということにつかわれることを願ってやまない。

現代の科学の粋を極めても過去の文化を凌駕できない領域というのは確実にある。
そうした宝は守ることでしか未来に残すことはできないのだから。

今回限られた数ではあるが至高の宝を観た感動を是非未来の人々にも味わえるようにと切に思った。

 

 

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2019/11/08

仙人に会いに行く  弾丸京都・奈良  その2 奈良

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思ったより京都での滞在時間が長くかかってしまったため、近鉄大和西大寺駅でレンタサイクルを借りて西大寺近辺の寺社から奈良駅方面へ向かう予定を変更し、新大宮駅でおりて法華寺経由で奈良方面へ散歩することにした。

駅前から始まって、要所要所に法華寺への案内看板があるのだが、看板を観るたびにそこにある残り距離が多くなったり変わらなかったり…、いつ着くのか心配になってしまう。 奈良の地図を持っていかなかったのも悪いのだが。

にスマホも持っていないので、完全に何となくあたまに入っているおおよその位置関係だけでの散歩だ。

奈良に行くときは地図はなくとも和辻哲郎の「古寺巡禮」は持って行く。

これをバスや電車での移動中読みながらこれから行く場所への期待をふくらませるのが楽しい。

和辻が巡った頃の古都の空気は景色を含め全く変わってしまったに違いないが、歩くことによって、ビルの間から見える若草山や佐保川の流れ、遠くに見える東大寺の大仏殿など当時の景色の片鱗を感じることができる。

いにしえびとも徒歩や牛車、馬などでこうして行き来した姿を想像しながら歩く。

 

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さて、法華寺。

何と言ってもここで観たかったのは維摩居士像。 
居士とは釈迦の在家の弟子意味だが、彼は在家にありながら大乗仏教の奥義に達したと言われる人物で、文殊菩薩との問答が有名。 

彼も一種の仙人といえるだろう。

法隆寺五重塔にある塑像に次いで古く、天平末期の作といわれる。
木造乾漆像と思われていた肖像像だが、木造であることがわかり、二年ほど前に国の重要文化財から国宝に格上げされた。

乾漆像には脱活乾漆像と木造乾漆像があり、脱活乾漆は粘土で大まかな形を作り、それに麻布に漆を塗りつけたもので整形し、細かい木くずに漆を混ぜた粘土のような木屎漆で仕上げる。 
漆が硬化たら中の粘土は取り除き変形がないように木の棒材などで内側に骨組みを作る。

木造乾漆像は粘土の代わりに大まかな形を木で整形、細かい造作をさきの小屎漆をつかって仕上げる。

天平には木造仏はほとんどないためその希少性により国宝に格上げされたのだろう。

つくられ方はともかく、前々からこの維摩居士坐像は観たいと思っていた肖像。

多分架空の人物なのだろうが、今にも語りかけんとする表情の写実性は天平期ならではのリアリティ。
目の前に「その人がいる」感は天平作品ならでは。  

本当に素晴らしい作品だ。

期せずして秋のご開帳時期だったようで、光明皇后を模したと伝えられる秘仏十一面観音も観ることができた。
平安期の作品なので、光明皇后を模したというのは伝説なのだろうが、像高一メートルほどの檀像風の細かい仕上げ。
思ったより線香の煙でいぶされているのか、写真で見るよりは色が濃い印象。

信仰の対象なので比べては申し訳ないが、天平仏を観たあとに平安仏をみると神々しさのスタイルのようなものが感じられ、像から迫ってくるリアリティはあまり感じられなかった。 

あくまでも個人的感想。

本堂を出る前にもう一度維摩居士像をしっかりと目に焼き付ける。

 

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寺域には有名な空風呂があったり、わらぶき屋根の家があったり、素敵な庭があったり。
どこも綺麗に掃き整えられすがすがしい気持で寺を出た。

佐保路を東進し奈良町方面へ向かう。

 

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まずは興福寺。

落慶した中金堂を見学。 

とても綺麗。できたばっかりだから。

 

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南円堂・北円堂の同時開扉があったので、観たかったが拝観時間のタイムアップ、残念。

 

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さすがに歩き疲れたので商店街に行き、はじめてナタマメに出あった刀祢穀物店で新しい豆を入手後、喫茶店で一休み。

そのご夕食を軽く食べる。  

時刻午後7時半。

バス発車まであと3時間ほど。

つづく。

 

 

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2019/11/07

仙人に会いに行く  弾丸京都・奈良  その1 京都

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先週、急に思い立って夜行バスに乗り京都へ出かけた。

たった一日の行動時間を最も長く、有効に利用できるのはやはり夜行バスに限る。
前日の午後11時45分に池袋を出発。 翌朝5時25分に京都駅八条口到着。

夜明け前でまだ薄暗い。

目的地への時間午前9時30分にはまだ早い。

 

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せっかくなので、南方向へとテクテク歩いて伏見稲荷大社へと向かう。
京都の町は我が町と違い縦と横の道が直交し大変わかりやすいため、迷うことなく目的地へつくことができた。

6時過ぎに到着。もちろん社務所や店などは開いてはいないが、ぽつりぽつりと観光客が参拝している。
有名な写真スポットでは特に外国の方が丹念に構図を決めながら写真を撮っていた。

良く分からないまま鳥居をくぐって進むと何やら登山の様相を呈してきて、すっかり朝からハードな準備運動となった。

30ー40分ほど稲荷山をめぐり下山したのち、鴨川沿いを北上し、七条大橋を目指す。

 

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8時過ぎ過ぎに今回の目的地京都国立博物館に到着。
9時半開館のためもくろみ通り一番乗り。しかし、20分ほどすると段々に人々が集まってきて、開館30分前にはかなりの列になっていた。

「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」展。

京都で開かれているのは知っていたもののさすが遠いなあ…などと思っていたのだが、NHKの「歴史秘話ヒストリア」を観ているうちにやっぱり行かずにはおれなかったという次第。

佐竹本については細かい解説はこちらを読んで頂きたい。

簡単にいうと二巻の絵巻物として伝世した最古にして至高の三十六歌仙絵。

これが大正時代に売り出されたものの、あまりに高価であったため巻物として購入できるものがおらず、やむを得ず三十七に分割し、分売された経歴の歌仙絵だ。

各所博物館蔵になったものは単品で展示されることもあるが、当時購入した人から別の人へと渡り、個人蔵のものなどは所有者も明かされず、なかなか目にいれることができない作品もおおい。

今回の展示のように30点ちかい作品が一堂にに集まることはおそらくこの先数十年ないのではないか。

今までも何点かは単体で観たことがあるのだが、歌仙絵の線の美しさ表情表現の巧みさは他の歌仙絵の追従を許さない感動的な作品と記憶していた。

今回はそれを何と30点近く観ることができるわけだ。 

 

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鑑賞券を購入し、荷物をロッカーに預け、真っ先に佐竹本のコーナーへと向かう。

朝一効果でほとんど鑑賞者がいないなか単眼鏡片手に裸眼・単眼鏡で作品を一通り鑑賞していく。
息を呑む繊細さ、線に全く迷いが感じられない。 

表情、仕草ほぼ人物画なのだが、その向こうにある世界が目に浮かぶようだ。 3センチほどの顔に込められた情報量の豊富さは驚異的と言える。

デザイン的にも大胆で素晴らしい。
わかりやすいところで言えば上図にある小野小町。

「色見えで移ろふものは世の中の心の花にぞありける」

ざっくり意訳すると、「心変わりされてしまった悲しみ」を歌ったもののようだが、
悲しさを表情ではなく後ろ姿で描くあたりが心憎い。
美しい十二単と乱れた髪の対比が悲しさをうまく表しているよう。

これに限らず、人物の表情、配置などで歌を印象づける手腕は驚くべきものだ。

他にも歌仙図はいくつか展示してあったが、佐竹本の質は確かに他を全く凌駕した唯一無二の存在だった。

本当に観に来て良かった。

 

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もう一つ、今回は特別展示とのことで常設の作品は観られないと思っていたのだが、京都国立博物館に来たら是非観たいと思っていた仏像が展示してありビックリ。

「宝誌和尚立像」

宝誌和尚についてはここを読んで頂きたいが、この像は、宇治拾遺集の「宝誌和尚影の事」の物語中、帝が宝誌和尚の肖像を描いてこいと三人の画家に命じ、画家たちが宝誌のもとにでむいて彼の顔を描こうとしたら「わたしの本当の顔はここにある」といって爪を立て顔を引き裂くと中から金色の菩薩が現れた…。という場面を彫ったものだ。

ともするとグロテスクな表現ではあるが、表のお顔も中のお顔も実にすましてやさしげに見えるところが心憎い。
ふと有名な六波羅蜜寺の空也上人像の「南無阿弥陀仏」を表す仏が6体口から出てくる表現が頭に浮かんだ。
昔の人は何ともイメージ力の豊かなひとたちのあつまりだったようである。

 

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充実の二時間強。

京都国立博物館をあとにした。

 

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その後七条通りを西に進み、東本願寺を参拝。
寺域のの周囲には私の心を見透かしたような言葉が…。

「どんなにたくさんのものが手に入っても満足しない私」

一体どうしたら良いのでしょうか?

そんな私は

「自分に欠けているものを嘆くのではなく、自分の手元にあるもので大いに楽しむものこそ賢者である」
(古代ギリシア哲学者・エピクテトス)

こんな人になれるよう努力しようと思った次第。

12時半過ぎ、奈良へ向けて近鉄電車に飛び乗る。


つづく。

 

 

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