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2018/11/22

マルセル・デュシャンと日本美術

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先日快慶展との二本立てで観るつもりだったデュシャンと日本美術。
ビデオ不調とのことで、改めて昨日観覧。

フィラデルフィア美術館の好意でデュシャンの作品に関しては撮影OKという太っ腹な感じが嬉しい展覧会。

ただし、さほど混まない展覧会だからこそ可能なのであって、フェルメール展などでこれをやったなら怒号飛び交う修羅場になること必至なので、決してどこでも撮影可がよいわけではないと思うが。


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今回の展示ではデュシャンの代名詞「レディメイド」作品はさほど多くない代わりに初期からの油画やドローイング多い。

「面白ければいいじゃん」的な似非現代美術家とは一線を画した(どこかで観たような表現技法ではあるものの)技術の高さがうかがえる。


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こちら有名な「泉」。
とにかくこれを芸術であると宣言したことで、恐らく世の芸術家の足枷をはずすきっかけになったエポックメイキング的な作品。

既製品から作品を再構成するということで言うとパピエ・コレ(コラージュ)やアッサンブラージュ(コラージュの立体版)もある意味レディメイドといえるかも知れないが、これは便器そのもの…構成とか加筆・加工せずにただサインをすることで作品とするこれぞ純粋なレディメイド作品。

ちなみにこの泉、初出のオリジナルは行方知れず。
これは33年後のレプリカ。 レディーメイドはレプリカが多数あるのも特長。


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私はレディメイドがデュシャンの既成芸術に対するアンチテーゼ、ある種の遊びの延長ではないかとおもっている。

それに対して生涯をかけて思索に試作を重ねて取り組んだのがこの「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁さえも(通称・大ガラス)」〜「1.水の落下、2.照明用ガス、が与えられたとせよ(通称・遺作)」だろう。

大ガラスは8年かけ作り続けたすえ、制作を放棄しそれからは趣味のチェスに明け暮れる日々を送るわけだが、その間に作品の表面に埃がたまり、搬送途中にガラスが割れるというアクシデントを経てようやく完成したとデュシャンに言わしめたという曰く付き作品。

この作品タイトルの「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁さえも」からして難解。 本人のコメントや研究者の解読も色々読めどもなかなか理解できない。 まあ、こういう作品はあれこれ理解しようとしないほうがよい。 理解したところで楽しめるわけでもないし。 作品からデュシャンという人を感じるのが正しい姿なんだと改めて思う。

ちなみに展示された大ガラスは東京大学駒場キャンパスの駒場博物館にある「東京バージョン」でもちろんデュシャンがお気に入りだったといううまい具合に上下対称に入ったガラスのひび割れはないキレイなレプリカ。

展覧会が終わればまた駒場博物館に戻るはずなので、開館していればいつでも無料で観ることが出来る。

(遺作についてはビデオほぼビデオ上映のみ)


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面白かったのは作家休眠中に没頭していたというチェスに関する資料。
デュシャンはプロ並みの腕を持っていたらしい。
良く分からないが、多分チェスの棋譜やら戦略や戦術に関する記録が残っている。 

自分自身を、自分の作品をどのように見せていくか、様々な条件から最善の手を打つための戦略はこうした積み重ねから生まれていたにちがいない。


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大ガラスを作るにあたってのメモや資料を集めた作品集グリーンボックス。

彼にとって作品を完成させると言うことは目的ではなく、結果なのだろうと思わせる。 彼にとって何より大切なのは自分が何を考え何をしようとしているかというプロセスなのだろう。


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こちらはデュシャン作品を一つのボックスに収めた作品集「トランクの中の箱(マルセル・デュシャンあるいはローズ・セラビィの、または、による)」。

これはね、めっちゃめちゃ欲しい。 絶対買えないけど。


レプリカ売ってたの?知らなかった〜。


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会場構成にデュシャンがいっぱい。


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日本美術で目をひいた光悦作品。
蝶の柄が金銀泥で摺られているのだが泥が濃いのかデカルコマニーのように摺り面に微細な凹凸が出ていてそれが蝶の羽模様に見える。 

ただ、輪郭に泥がもれてエッジが甘くなっていたりしないので、あえてそうした模様を出したのではないかと推察。 

ただ、書のほうは光悦にしては抑揚が抑え気味でちょっと物足りない。生意気言うようですが。

舟橋蒔絵硯箱はさすがの存在感。 
形といい、漆と金粉によるベースの細やかさに鉛の舟橋、さらに銀の文字と恐らく本業の刀剣鑑定、研磨、ぬぐい(もちろん修復もしたに違いない)で得た様々な技術・技法を知り尽くしていた光悦だからこそ出来た作品だろう。

ボリュームはさほどないが人も少なく写真も撮れる。とても結構な展覧会だった。

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